存在の耐えられない軽さ

「存在の耐えられない軽さ」という小説や映画をご覧になった方もいると思います。

題名にインパクトがあるというか、哲学的なので、小説・映画を見たこともない人も、この題名だけは聞いたことあるなと思うかも知れませんね。

それを、もじったのだと思いますが、社会学者?タレント?作家?の鈴木涼美さんが「パパ活」の実態について、最近、興味深いコラムを書いています。

「時給愛人の耐えられない軽さ」

http://gqjapan.jp/culture/column/20170126/a-part-time-lover

鈴木さんは、風俗業界、女性の生き方などについて、女性ならではの鋭い視点と分析力が素晴らしく、コラムなどを読んでみると、とても勉強になります。

以前にも、彼女は、別のコラムで「パパ活」について、考察しています。

「つくられる「シロウト愛人」 〜「パパ活」の知られざる実態を明かす」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49630

両方の記事とも、「パパ活」女性なら読んでおいて損はない、良質な記事です。

ただ、2つの記事を読んで思ったのは、私が知らないだけ、気づかなかっただけなのかも知れませんが、パパ活やっている女性って、そんな風俗経験者の女性ばっかりじゃない気がするという事です。

だって実際に、私が出会ってきた女性って、風俗経験者は、ほとんどいなかったのです。

交際クラブでも、出会い系でもです。

キャバとか水商売すらやったことがないという女性が多いのです。

もちろん、最初から風俗系の雰囲気を出したり、その経験を大っぴらに言う女性は多くはないでしょう。

もしくは、上記の記事にあるように、「シロウト」は「生産」すれば良いという交際クラブの戦略に、私は、まんまとだまされていたのかも知れません。

でも、以前書いたように、私が出会い系で会ってきた女の子は、「パパ活」を風俗とも見なしてもいないし、「パパ活」という隠れ蓑を意識して使って、性的サービスを提供しているという意識すら持っていません。

彼女たちは「パパ活」という名の、割り切りのHをしているわけじゃないですし、風俗予備軍でもないんですよね。

もちろん、「お金をもらえたらいいな~。」というのは当然あるのですが、以前の記事で書いたような、普通のパパ活女性が望んでいるものって、非日常世界への興味とか、男性に対する興味(友達以上レベルの関係。でも恋人とは違う何か。)とか、ちょっとした環境変化へのドキドキ感というか、もう少しボヤッとしたものなのです。

普段の生活との境界線がはっきりしていないというか、「お金もらえるならラッキーだけど・・・。」「怖かったらやめよ~。」「おもしろかったら続けよ~。」「傷つきたくないし~。」という空気を、私は彼女たちから感じるのです。

そこには、良い意味でも悪い意味でも、お金をもらうというプロ意識は存在せず、絶対に金をかせぐんだというハングリー精神もあまりありません。

だからこそ、そんな「シロウト感」が、私のようなオッサンを更に興奮させる元になっていると言えるかも知れません。

「存在の耐えられない軽さ」の映画の中では、女たらしの男に向かって、女が激怒します。

「私にとって、人生はとても重いものだけど、あなたにとっては、それは軽すぎるの!私は(あなたの)その軽さに耐えられない!」

普通の恋愛と違って、「パパ活」は、反対に軽いから続けられるのではないでしょうか?

「パパ活」は、「全てのいいとこ取り」ができるのです。

もし、そんな「いいとこ取り」が耐えられなくなるほど、「パパ活」が軽く感じたり、重く感じたりする時が来たら、それは「パパ活」の止め時という事なのでしょうね。

ブログを書きながら、もう一度、小説か映画を見てみようと思いつきました。

昔は理解できなかった登場人物の気持ちが、今ならもっと深く理解できるようになっている気がしてきました。

年を取るって、そんなに悪くないかも知れないです。

シュガーダディ

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