デコログ/FASの思い出(4)

デコログ/FASの思い出(4)

前回の続きです。

一回、方向性を決めると、とても気持ちが楽になりました。

「どう思われてもいいや。」

自分が会う事を望んでいて、それを彼女が(金銭目的ではあるが)好意的に受け取ってくれるならば、それでいいんだと、ある意味、開き直る事にしたのです。

後日、彼女と連絡を再開したのですが、案の定、彼女からは文句を言われました。

「パパとのさん(注:私の名前)、ちょっと前に、メッセージで呼んでおきながら、その後、何にも送ってこなかったでしょ。ああいうの、好きじゃないです! なんの用事だったんですか?」

「ごめん! 元気よく返事が戻ってきたから、なんか、それだけで安心しちゃったんだよね!特に意味はないよ。元気そうで良かった!」

「自分の頭が妄想でおかしくなってしまい、彼女にブログの事実を問い詰めようとしていました。」なんて事は言えないので、私は放置したことを、適当にごまかしました。

その後、彼女とは、とても仲が良くなる事ができて(私がそう思っていただけかも知れませんが)、仕事の都合で、彼女が近くに来た時には毎週、デートしたり、泊まったりして、楽しく過ごす関係になりました。

そして結果的に、お手当というものも、うやむやになっていきました。

お手当があいまいになっても、彼女が私に、しばらくお付き合いをしてくれたという事は、お手当以外の何かが、彼女の中にも少しはあったのでしょう。

私がブログの中で、「パパ活は、お金以外の何か(お金だけじゃない)」と、たまに書いているのは、こういった経験を、パパ活を始めて早い段階で、経験してしまったからなのかもしれません。

そして、私にその後、似たような経験が繰り返し、起こったとするならば、結局、パパ活にとって手当は最も重要な事だけど、パパ活の良い悪いの全ては、両者の関係性で決まるんだろうなという、私の経験上の思いが出来上がったのです。

私はセフレを作ろうとしているというわけではないですし、疑似恋愛を求めているわけでもありません。

でも、正直言って、パパ活でも、婚活でも、普通の関係でも、お付き合いをするのに、明確で正しい理由なんて、本当は存在しないんだと思います。

その時に、一緒にいられて楽しい。

この一言なんじゃないですかね。

次回は、女々しい思い出の最終回です。

シュガーダディ

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