パパ活の定義(2)

●パパ活の定義

このブログを書き始めた時に、パパ活の定義っていうものを書きました。 そこでは、私はこのように定義づけをしています。

パパ活とは・・・

「愛人と言うような契約という重いモノでもなく、援交のような短期的で安いモノでもない。「愛人」と「援交」の中間に位置するものであり、且つ背徳感、悲壮感、責任感といったものが、かなり希薄化された、ゆるい曖昧な男女関係というもの。」

出会いサイトでパパ活を始めてから、それほどの時間が経っていなかったですけど、今、読んでもその通りだと思っていて、その当時、言明できた自分自身を誉めてあげたいぐらいです。

将来、広辞苑に、パパ活という単語を載せる時は、是非参考にして頂きたいと考えています。

しかし「パパ活」はテレビやマスコミで評判になり、違う意味で使われる方がむしろ標準になっていると思われます。

別の理解で定義されているのは・・・

「特定(不特定)の男性と、食事やデートなどを行い、その時間分の対価を得る男女関係の事。性的関係、または肉体関係を持つのは、パパ活という名前を使った援助交際、売買春であり、パパ活とは言えない。」

っていうのが、一般的な認識なのかも知れません。

どっちが正しいのかは、判りません。

両方正しいのだと思います。 

一つ言えるのは、そうやって、一つの事象を定義づけをしたがるという事は、その本人が「そうであってほしい。そうあるべきだ。」と考えているからです。

私であれば、

「相手の事をもっと良く知りたくなっていくと、肉体関係を持ちたくなるのが普通じゃね?だって男と女でしょ?」

と考えている訳であり、ご飯パパを血眼になって(笑)推奨している人からすると、

「パパ活って言うのはデートだけなの! 一緒にいるから、対価があるの。性を売っての対価じゃないの。それがパパ活だし、わかってない男性多すぎ!」

っていう形になるんでしょうね。

要するに、周りはどう思っているかは関係なく、自分がこうしたい、こうなってほしい、こうなるべきという願望が、定義されていくという事です。

仮に広辞苑に載せる事になった場合は、それぞれ①、②という形で、2つの解釈を列挙してくれれば良いのですが、私が気にしているのがあります。

「パパ活」という名前が単純に「援助交際」という言葉と、最近、すり替わりつつあるのではないかという危惧です。

援助交際というのは、出会い系サイトなどでもNGワードになってしまっていて、援助交際=売買春というのが一般的な認識になってしまいました。

最近、Twitterでパパ活って言う名前で、売買春のやり取りをしているのは少なくないですし、最近ニュースなどで、「パパ活で16歳と関係を持って逮捕」とかの記事も目にする機会もあります。

こうして、パパ活=売買春=援助交際=性の売買というレッテルが、どんどん張られていっている現状は、正直悲しいです。 

そうかといって、私に何かできる事は残念ながらありません。 

「言葉とは時代の変遷とともに、絶えず変わっていくもの。」 

と、日本語研究の第一人者の金田一春彦先生も仰っています。 

広辞苑に③「パパ活=援助交際、売買春と同義語」という項目が出ない事を願います。

シュガーダディ

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